世界の多様さを思い出す物語【『八月の銀の雪』書評】

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Karin

中堅化学メーカーで日々試行錯誤。凡人だけど楽しく自由に人生を!をテーマに色々模索中です。大学院 (農学修士) →化学メーカー勤務 (高分子合成・分散→食品開発) 新しい事を知り、日々チャレンジできる事は楽しいですが、気づいたら専門分野どこ?状態で、悩みながら日々を生きております。

初めまして、とある化学メーカーで研究開発に携わっているKarinと申します。

今回は、エンドウさん、tsuyoshiさんに引き続き
伊与原新 先生著の『八月の銀の雪』(新潮社へのリンク)の書評を書かせていただきました。

最初この小説を知った時には、
“伊与原先生が地球惑星科学を専攻し、博士課程を修了された方”
ということで興味を持ちました。

なぜかというと、今も昔も科学の話を読み・聞くのが好きなため、
「博士の方が書く小説には、きっと科学が詰まっているのだろう!」
勝手に期待したからです。笑

…とまあ、入りはこのような感じで、今回の書評に参加させて頂いたのですが、
本書は科学の話が面白かったのはもちろん、
日々抱える色々な想いと向き合うきっかけと勇気をもらえる、とても温かい一冊でした。

ここからは、「本書の物語から思い出した世界の多様さ」を中心に
書評を続けさせていただきます。
なお、私の書評はエンドウさん、tsuyoshiさんと比較すると
私自身が本書をきっかけに向き合った想いについての記述が多いと思いますが、一つの色として楽しんでいただければ幸いです。

(この書評を執筆するにあたって、新潮社様より『八月の銀の雪』のゲラ(原稿)を提供して頂きました。
 この場を借りて厚く感謝の意を申し上げます。)

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世界の多様さを思い出す物語

ある世界での憂鬱

ー抜け出せる気がしなかった。
何もかもが不快なこの季節から、永久に。ー

日常を生きていると、ふと、自分はとても狭い不快な世界に閉じ込められている、
そんな事を感じたりはしませんか?

口下手で気が小さく就活に苦労する「僕」、はずればかりを引き、子に何も与えられないと感じる「私」、役者になる夢を叶えられず葛藤を抱えた「正樹」、実は芯の脆い「瞳子」、世間と信念のはざまで迷う「辰郎」。
本書の物語の主人公達も、それぞれに憂鬱な気持ちを抱え
今生きる世界で苦しんでいるようです。

冒頭の一節は、表題作の「八月の銀の雪」に登場する、就活に苦労する「僕」のセリフ。
何も楽しくない、上手くいかない日々を、それでも生きていかなければならない憂鬱が、
この一節に詰め込まれていると感じます。

 

なぜこんなにも憂鬱なのか

実は私も日常的に、同じような想いを抱えています。
何か特別な才能があるわけでもなく、上手くいかない事の方が多いと感じるこの世界。
なぜここに私は生まれたのか。このまま永久に抜け出せないのだろうか。

ここでふと考えます。なぜこんなにも憂鬱なのか。

-自分の人生においてさえ、自分が主人公だと思ったことはない。-

「海へ還る日」に登場する、子に何も与えられないと感じる「私」も、
こんなことを言います。

そう、きっと、自分には何もなく、その世界の「普通」にすらなれないと感じるから、
こんなにも憂鬱なのではないか。
とてもまぶしく輝いて見える彼・彼女はとてもきらきらしているのに、私には何もない。
「普通」ですらなく、世界から取り残される。だから憂鬱なのではないか、と。

 

科学が思い出させる「別の世界」と「他の普通」

しかし、ここで冷静に考えます。「普通」とは果たして何なのか?

就活で内定を持っていること?
両親揃った家庭に育つこと?
企業で上司の指示に忠実に従うこと?

誰が決めたでもないけれど、確かにそこにある「普通」という感覚。
私たちが外れることを怖がるもの。
自分の中の「普通」が世界の「普通」とずれる事が苦しい。

十人十色という言葉もあるこの世界で、「普通」とはこんなにも狭いものなのか…。

 

そんな想いに本書は、科学を通じて「そんなことない」と、
語りかけてくれるような気がします。

地球の中心の内核や、暗く、冷たく、静かな深い海のクジラ、鳥の生態など、
物語の主人公達はひょんなきっかけからこのような科学の話題に触れ、
そのうち自身を内省し、「他の普通」があることを思い出します。

自分とは違う存在と対峙し、考えることで、世界の見え方が変わる。
自分の「普通」が、他人・他種の「普通」とは違う事に気が付く。
自分が狭い世界に囚われていた事に気が付く。

世界はここだけじゃない、たくさんの色の世界が存在している。
じゃあきっと、私が憂鬱にならない世界もあるんじゃないか。

そんなことを、主人公達は科学を通じた交流で感じ、「世界の多様さ」を思い出し、
勇気をもらっていたように感じました。

 

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まとめ: 私も思い出した、守りたい「私の普通」

狭い世界の「普通」に囚われ、そこからずれる事を恐れすぎると、
大切な「私の普通」を壊してしまうことがある。

壊してしまう「私の普通」は、自分の夢や、大切にしたかった内面、
時には安全や人道に関わる倫理感などではないだろうか。

いつからか、大人になったら夢なんて持てないと言って自分の夢を捨てたり、
こんな考え方は世間的に良くないと気持ちに蓋をしたりしていないだろうか。

「これがここでの普通だから」という言葉の元、
あれ?と思う事、ちょっと行き過ぎたいじり、データの不自然さなどを
見て見ぬふりしていないだろうか。

科学を通じた別の世界との対話は、大変な時もあるけれど、
それは本当に大切にしたい「私の普通」を内省し、大切にする勇気をもらえる。

勇気をもらった結果、時には今いる世界と戦って、
出ていかなければならないかもしれない。
“でも居場所がなくなるなんて事はない”、と本書の物語は言ってくれている気がします。

私は「私の普通」を守って、日々を生きているだろうか。
企業という世界の「普通」に押しつぶされてないだろうか。

本書を読んでそんなことを考え、私も世界の多様さを思い出し、勇気をもらいました。
別世界との対話を続け、自分の声に正直に生きていきたいですね。

最後に、
とはいえ、一人で科学を通じた対話を続けるのは難しい部分もあると思います。
そんな時には、科学と日常が心地よく絡まった本書のような小説が、
あなたを助けてくれるはず。

本書を手に取って、一緒に対話しませんか?

 

話は変わりますが、2020/11/14(土)に『八月の銀の雪』のトークイベントを実施しました! イベントレポートにその様子を少し紹介していますので、そちらも見ていただければと思います!

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