【分野基礎講座 第1回】自然界に眠る「微生物ダークマター」の分離培養と機能・性質解析

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博士後期課程3年。専門は微生物学。趣味は筋トレ,自転車,バドミントン,スノボー,カメラ,と多岐にわたる。
こんにちは,Goro(@BioDr_Goro)です。
 
科学系オンラインコミュニティ「理系とーくラボ」には,多岐にわたる分野の学生・大学院生・ポスドク・企業研究者が在籍しています。
【分野基礎講座】とは各分野に精通した専門家が,自身の研究背景研究内容を紹介する企画です。
今回は地球上に棲息する微生物について説明していきます。
 
さて,みなさんは微生物と聞いて何を想像しますか?
 
「ミジンコ」
 
「虫歯や感染症を引き起こす悪いやつ」
 
「生きて腸まで届く乳酸菌!」
 
動植物と比べると馴染みがなくマイナーな生き物なので,うまく説明できなくても仕方ありません。
しかし,この記事を読んだ後には微生物に対する理解が深まっているはずです!

 

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微生物研究の意義

微生物とは?

微生物とは,顕微鏡を通してでしか観察できない生物の総称です。
人の肉眼で見ることができる限界の大きさは0.1–0.2 mmと言われています。髪の毛と同じくらいです。
上述したミジンコの体長は約1.5 mmで目視できるので,微生物ではありません。
 
微生物の代表格は大腸菌乳酸菌納豆菌です。メディアで取り上げられたり,商品として販売されたりしていますね。
また,パン酵母ビール酵母カビも微生物です。
大腸菌・乳酸菌・納豆菌などと比較すると,サイズが数倍〜数十倍大きくなるのですが酵母やカビも単体では肉眼で観察できません。
 
ちなみに,ウイルスは自分の力だけで増殖できない(他の細胞に寄生して増える)ので生物の定義から外れており,微生物ではありません。
ウイルスは微生物よりもっともっと小さいという特徴もあります。
 
微生物は土壌や海洋,河川といった地表はもちろん,大気,海底下,皮膚,腸内,口腔内…地球上の至るところに生息しています。
その数は,宇宙で煌めく星の数よりも多いと考えられています。
 
微生物を人間の都合で大別すると,「良い」微生物と「悪い」微生物に分けられます。
食品・飲料に使われている微生物は有益である一方,腐敗や感染症を引き起こす微生物もいます。
 
今回は,病原菌や腸内細菌のように生体に作用するような微生物ではなく,環境中に分布している微生物(これ以降「環境微生物」と呼ぶ)に焦点を当てて解説していきます。

 

環境微生物の役割

環境微生物は,環境や生態系において主に分解者生産者としての役割を果たしています。
例えば,枯死した植物,動物の遺体,排泄物などを分解できる環境微生物がいます。
速度は遅いですが,ペットボトルのようなプラスチックを分解してくれる環境微生物も存在します。
 
新しい環境微生物を発見すれば,新しい化合物の生産も可能になります。
2015年にノーベル医学・生理学賞を受賞された大村 智博士は,ゴルフ場の土壌から新種の環境微生物を分離培養し,その微生物が抗生物質エバーメクチンを生産することを発見しました。
エバーメクチンを改良したイベルメクチンは,アフリカで蔓延する寄生虫を死に至らす効果を持ちます。
 
人類にとって不要な物質の分解や,価値ある化合物を生産する微生物の発見は,様々な分野でブレイクスルーを起こすかもしれません。

 

最新の解析技術が明らかにした「微生物ダークマター」の存在

社会や生活と密接に関わっている環境微生物を利用するためには,個々の微生物を分離培養し,その機能や性質を理解する必要があります。
何者なのかわからない微生物は扱えません。
 
微生物の分離培養に古くから用いられているのが寒天培地です。
寒天培地とは,微生物の栄養源を溶かした液体を寒天で固めた培地です。
手洗いせずに寒天培地上に手をつけ,培地上に手の形に微生物のコロニーが生えてきた写真…をイメージしてください。
 
あの寒天培地上で増えられる環境微生物は全体の1%にも満たないのです。
残りの99%は,宇宙空間の謎めいた物質である暗黒物質(dark matter)に擬えて「微生物ダークマター」と呼ばれています。
 
なぜ1%未満しか培養できないとわかったのでしょうか?
コロニーとして目視できるレベルまで増えてきた環境微生物が全てではないのでしょうか?
 
見落としてきた環境微生物の存在に気がついたのは,ゲノム解析技術が発達し,培養を介さずとも環境中の微生物を検出できるようになってきたからです。
ゲノム (genome) 解析とは,生物のDNAに刻まれた遺伝子 (gene) 情報の全体 (-ome) を解析することです。
微生物ゲノムを解読することで,対象とした微生物の種類や保持している遺伝子,各遺伝子の機能,生活環,進化系譜などを予測できます。
近年では,ある環境中から抽出したDNAを網羅的にゲノム解析できるようになり,どこに,どのような機能・性質を持った微生物が,どれくらい分布しているか,を推定できるようになりました。
 
つまり,「ゲノム解析によって検出できる環境微生物 – 培養できる環境微生物 = まだ培養できていない微生物 (微生物ダークマター)」です。

 

分離培養技術の限界

ゲノム解析技術は日進月歩で進化しています。
それに対し,環境微生物の分離培養技術に大きな革新は起きていません
培地を固めるゲル化剤に寒天以外を用いたり,培地の組成を変えたり,マイナーチェンジは繰り返されていますが,コロニーを生やさせるというコンセプトは同じです。
 
古典的なもう1つの培養手法として,1細胞から環境微生物を増やす限界希釈法も挙げられます。
1細胞が2細胞,4細胞,8細胞…と増えていけば,その集団は純粋であり1菌種しか含まれないはずです。
しかし,多くの環境微生物は1菌種にしてしまうと増殖が休止してしまいます。
 
 
寒天平板法や限界希釈法で環境微生物が分離培養できない原因は完全には解明されていません。
今後,「環境微生物が増えない理由」が明らかになれば,分離培養方法の改良に繋がりますね。

 

環境微生物を培養する必要性

培養に依存しないゲノム技術の進展と比較すると,分離培養に関する技術の蓄積は少ないです。
しかしながら,ゲノム情報を正しく理解するためには,個々の微生物がどのような機能や性質を持っているかを実験的に確かめる必要があります。
例えば微生物Xが持つ遺伝子Y’に,既知の遺伝子Yと比較して変異が入っていた場合,遺伝子Y’が機能しているかどうかを確かめるためには,微生物Xを培養してみないとわからない場合があります。
 
培養可能な環境微生物から受けてきたこれまでの恩恵を考慮すると,残りの99%以上の微生物が培養できるようになることは,学術的にも産業的にも多くのメリットをもたらすと想像できます。
未培養な微生物ダークマターは人類にとって「宝の山」なのです。
 
ゲノム解析と培養実験の両方のアプローチで環境微生物の研究が進めば,バイオ資源としての活用や環境・生態系のコントロールができるようになると期待できます。
 
 

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