ブラックホールを視たことの「2つの偉大さ」

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時雨

理学部物理学科に所属。素粒子理論を目指しつつ、複雑物性の数値シミュレーションもやってます。趣味は多岐!

(画像 国立天文台:M87中心ブラックホールと東アジアVLBIネットワークによるジェットの詳細観測図)

2019年4月10日、ブラックホールの「影絵」が発表されたことに世界中が歓喜した――という感じのカッコいい口上が語り継がれるくらい、今回の観測事実は歴史的な意味を持っています。というのも、実は、ブラックホールが本当に存在するかどうかは今まで分かっていなかったのです……。

――こんにちは、時雨と申します。物理学科の学部生をやっております。Event Horizon Telescope(以下、EHTと略)という研究プロジェクトによって成し遂げられた天体観測[1] … Continue readingが、世界を賑わせています。曰く、ブラックホールがそこに在ることを望遠鏡によって初めて確認したのです。新聞記事でも大きく取り上げられた今回の研究成果ですが、「結局のところ何が凄いの?」という疑問を持つ方向けにザックリ答えるような記事を書きたいと思います。タイトルにも書いた「2つの偉大さ」ですが、これはすなわち「直接観測」「データ処理」というキーワードにまとめられます。以下では順番に詳述していきましょう。

 

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キーワードその1:直接観測

ブラックホールなんて常識……?

さて、そもそも「ブラックホールという言葉を聞いたことありますか?」という問いに首を振る人はあまりいないと思いますが、どうでしょうか。「果てしなく強い重力によって光さえも逃さない天体」として知られるブラックホールの存在は、アインシュタインが1915年に発表した一般相対性理論[2]日本物理学会誌「発展し続ける一般相対論―時空論の起承転”望”―」Vol. 70, No. 2, 2015によって予言されました。SFでもお馴染みとなって、最近では映画『インターステラー』に登場しています。作中の描写は一般相対性理論に基づいた計算によって拘り抜いた表現になっているらしいのですが、いかんせん筆者はまだ観ていないのでその素晴らしさは別の記事を参照していただきたいと思います[3]堀正岳「映画『インターステラー』をみる人に届けたい5つの豆知識」https://mehori.com/interstellar-movie/ (2019/04/13) 。本筋に戻りますと、ブラックホールの名前自体があまりに有名なので「あぁ、ブラックホールというものが存在するんだな」という印象は強烈なものです。

……ですが! 実はここに大きな落とし穴があります。そのような天体が実際に存在するという直接的な観測事実は今まで確認されておらず、「今までの検証から言ってかなり信用できそうな一般相対性理論が予言してるくらいだし、他の色々な実験結果もブラックホールが存在しないと説明できなさそう」程度の認識だったわけです。名前が独り歩きしちゃってると言っても過言ではないでしょう。多くの学者が信じている存在であっても、それが直接に観測されない限り真に存在しているとは断言しない科学の姿勢が表れています。EHTによる観測結果によって「あるはずだけど、どうだろう」から「やっぱりブラックホールはあったんだ」に変わったという点が素晴らしいわけですね。

 

EHTの成功

EHTでは世界各国の望遠鏡を使い、ブラックホールの影絵を得ることに成功しました。「影絵」というのも、ブラックホールは光さえ抜け出せない領域のことを指しますから、ブラックホール自身が何か光を発することはないわけです。そこでブラックホール周辺のガスが発する光を利用し、ブラックホールの姿を影として浮かび上がらせるという手法をとっているんですね。

物理法則は様々な実験を経て検証され、その正しさをテストされます。ブラックホールの「直接観測」によって一般相対性理論の正しさをより深く示すことができたということは、物理学にとって大きな進歩なわけです。また、ブラックホールにまつわる物理には未だ謎が多く理論的な研究が盛んに行われています(ブラックホール熱力学、ブラックホールファイアウォール仮説などなど……)。それらのモデルの正当性を検証する道筋の一つとして今回の実験成果は多大な意味を持っています。

 

キーワードその2:データ処理

データサイエンティストの貢献

 ――さて、それでは今度は「データ処理」というキーワードに移りましょう。EHTでは世界各国の望遠鏡を使っていると前述しましたが、具体的にはチリ・スペイン・ハワイ・メキシコ・アリゾナ・南極という様々な場所に設置された8つの望遠鏡から観測データを収集し、仮想的な超巨大望遠鏡を構築しています。得られた生データは数ペタバイトにも及んだようで、最近はよく「2テラバイトの外付けハードディスク」なんかもよく売られていますが、これの数千倍の情報が手に入ったわけですね。これらの膨大なデータを効率的に処理してブラックホールの影絵を得るためには、解析手法にも工夫が必要となります。こういった側面に大きな貢献をなしたのが、コンピュータサイエンティストでした。

 

技術発展が研究を支えた

 “How to take a picture of a black hole”――私が1年前に見たTED Talkのタイトルです[4]Katie Bouman “How to take a picture of a black hole” https://www.ted.com/talks/katie_bouman_what_does_a_black_hole_look_like (2019/04/13) 。この講演を行ったKatie Bouman氏はブラックホールの画像を取得するための手法を確立した一人で、今回の成果を支えた研究者としてTIMEでも紹介されています[5]TIME ” Meet Katie Bouman, One Woman Who Helped Make the World’s First Image of a Black Hole” http://time.com/5568063/katie-bouman-first-image-black-hole/ (2019/04/13) 。彼女が携わった画像化アルゴリズムを含め、EHTの観測データは独立した複数の処理手法を用いて画像化され、結果としての正当性を検討されています。得られた実験データの解析を行っていく上でコンピュータ技術の発展が大きく寄与していたんですね。分野横断の重要性を示唆し技術発展に貢献したという意味で、EHTの研究は卑近に言って「役に立つ」ものであったのです。

 

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まとめ

 科学というのは古今東西、どのように役立つのかという社会の目に晒されてきました。今回のブラックホールの影絵も冷徹に言ってしまえば「一般相対性理論という既存の枠組みの正当性を検証しただけ」なので、理論のテストという経過地点に過ぎません。ですから「この研究成果は一般社会に何か影響があるものですか?」「近所にブラックホールがあっても困るので直接影響はない方がいいですね」という記者会見での冗談めかしたやり取りも、連綿と続く科学の営みを考えてみればちょうどいい具合の返答だったのではないでしょうか。

そういうわけで、本記事をまとめます。ブラックホールを観測し、その影絵を得たことの何がすごいのか。それは「直接観測によって理論の正しさを検証できた」という物理学的な成果と、「データ処理の革新的発展をもたらした」という技術的な成果の二つに集約されます。ブラックホールを視るというEHTの研究は十二分に偉大だったのです。研究に携わった本間希樹教授の、先を見据えたコメントで本記事を締めましょう。

――まさに新しい時代の幕開けで、今後はブラックホールから噴出する『ジェット』の構造を明らかにしたいです。

お読みいただきありがとうございました。

 

【付録】

 一般相対性理論を構築したアインシュタインと、その他の重力理論の候補を探していた物理学者たちの足跡は、日本物理学会誌Vol. 70, No. 2, 2015に収められている岡村浩氏の「一般相対論の成立」という記事に詳しく書いてあります。特にヒルベルトの貢献は大きく、そういった物理学史を学ぶのも面白いかもしれません。

 一般相対性理論そのものを学んでみたい!という場合、その概要について解説した書籍は世の中に沢山あります。ぜひ自分の肌にあったものを探してみてくださいね(相対性理論は間違っている!と標榜する書籍はほぼ100%眉唾物なので注意してください)。数式について追ってみたい場合、小林晋平氏『ブラックホールと時空の方程式:15歳からの一般相対論』がとてもオススメです。あるいは一般相対性理論の一歩手前、特殊相対性理論の骨子を解説したものとして、私が理系とーくラボで話した「『光速度不変』というパラダイムシフト:そして、幾何学。」という動画もありますので、理系とーくラボに参加してご覧になってみてくださいね。

 

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References

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1 国立天文台「史上初、ブラックホールの撮影に成功-地球サイズの電波望遠鏡で、楕円銀河M87に潜む巨大ブラックホールに迫る」https://www.nao.ac.jp/news/science/2019/20190410-eht.html (2019/04/13)
2 日本物理学会誌「発展し続ける一般相対論―時空論の起承転”望”―」Vol. 70, No. 2, 2015
3 堀正岳「映画『インターステラー』をみる人に届けたい5つの豆知識」https://mehori.com/interstellar-movie/ (2019/04/13)
4 Katie Bouman “How to take a picture of a black hole” https://www.ted.com/talks/katie_bouman_what_does_a_black_hole_look_like (2019/04/13)
5 TIME ” Meet Katie Bouman, One Woman Who Helped Make the World’s First Image of a Black Hole” http://time.com/5568063/katie-bouman-first-image-black-hole/ (2019/04/13)

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