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合成をする有機化学者なら誰しも、最後苦労して精製したモノが目的通りの化合物なのか、同定しますよね。
自分のための確認という意味でも、実際にモノが得られたという客観的な証拠という意味でも同定のデータは必須です。
そしてその中でも、最強の解析手法を一つ絞って挙げろと言われれば、僕は単結晶X線構造解析を挙げます。
ですがこの解析手法、その単結晶を作るのが大変なんですよね。
今回はこの単結晶化に悩んでいる人に少しでもお手伝いができればと思い、自分なりに単結晶化のコツと手法まとめを書きます。
目次
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X線構造解析は強力な手法だけど、単結晶を作るのが難しい
単結晶X線構造解析は非常に優れた物質の同定手法です。
最も代表的な同定手法といえばおそらくNMRかなと思いますが、実際に目的通りの構造の化合物ができてるかどうかという意味ではX線構造解析には敵いません。
(NMRにはNMRならではの情報があるので上位互換ではありませんが)
一例を挙げると、下記は株式会社UBE化学分析センター社の公開しているサイトの単結晶X線構造解析のデータです。
黒色の丸が炭素、赤が酸素、青が窒素、緑が水素です。元素間の平均距離や二面角も出せます。
どんな化合物なのか一目瞭然ですよね。NMRでも分子量分析と合わせればパズルを紐解くように構造を推定することは可能ですが、ここまで直接的にはわかりません。
この単結晶X線構造解析のデータを出せるかどうかで投稿できるジャーナルのレベルが一段階変わるとも言われるほどです。
・・・とまあここまで良いづくしなのですが、最大のネックは何と言っても解析手法の名前の通り、単結晶が必要なことです。
単結晶さえ得られれば測定自体は難しくないのですが、モノによってはこの単結晶作りがなかなかできない・・・。
「結晶じゃなくて粉みたいになる」
「なんも出てこない」
「析出する前にモノが壊れる」
一向に上手くいかず、しまいには手作りの鳥居を設置して奇跡的な結晶析出を祈るしかなくなっている研究員もいると聞きます。(本当か?笑)
僕も実は学生時代苦労しました。
モノの結晶性自体は悪くなかったんですが、ラジカル分子だったため不安定でなかなか狙い通りの結晶が得られず。
何ヶ月も追合成と結晶化を試みながら、ある日朝研究室でキラりと光る結晶をみた時は思わず小さく叫んだものです。
単結晶を得るための一般的なコツ
正直単結晶作りはあれこれとにかく玉を撃ちまくるのが大事ですが、単結晶を得るための一般的なコツがいくつかあります。
コツ①結晶化を仕込むモノの純度をなるべく高く
まず大切なのが純度です。
結晶を得ようとしたら、まずはモノを溶かして、溶解度を落としていきますよね。中学の理科でも塩の析出をやったと思います。
このとき、モノの純度をとにかく高くすることが単結晶化には重要です。
もちろん結晶化の過程を目でみた訳ではないですが、例えば結晶成長していく先に不純物があった場合、そこで単結晶化は終わってしまうと思いませんか。
あるいは、不純物を核としてしまった場合ももちろん単結晶にはならないでしょう。
コツ②ゆっくりと溶解度を落とす
続いて大事なことは、ゆっくりゆっくりと溶解度を落として析出させることです。
急激に溶解度を下げると、溶媒のあちこちで分子が析出します。その結果、大量に小さな塊ができ、結果的に粉のようになってしまうケースが多いです。
コツ③色んな条件でやる
最後、元も子もない話ですが、とにかく色んな条件で試してみることです。
結晶化というのは、本当に些細なことで結果が大きく変わります。
溶媒や純度などはもちろんのこと、
温度・・・分子の運動性が変われば結晶への組み込まれ方も変わる
湿度・・・溶媒に溶ける水分子の量が増える。溶解度にも差が生まれる
光・・・分子によってはほんの一部の割合異性化したりする→結晶化にも影響
振動・・・振動ある方が分子が不用意に動き、綺麗に結晶化しにくい
などなど、考えてみるとあらゆることが結晶化に影響すると考えられます。だからこそ、ベースの考え方としては前述のコツ①、②を念頭におきつつ、
ちょっとだけ条件を変えてみたりして色々と試すことが大切です。
単結晶生成に有効な手法
考え方はわかったとして、じゃあ具体的にどうやればいいのか、今回は特にうちの研究室で実績のあった方法を二つ紹介します。まずは共通の下準備から。
下準備〜モノを溶媒に溶かす
まずはモノの溶液を作りましょう。なるべく飽和溶液にした方が析出はしやすいですが、溶け残りがあると上手くいかないことが多いです。
(推測ですが、溶け残りを核とした粗結晶になってしまうのかなと思います。)
手法①:スローエバポレーション
一つ目の手法はスローエバポレーション法です。(呼び名は諸説あるようです)
名前の通り、ゆっくりと溶媒を蒸発させればOKなのですが、僕おすすめのやり方はこんな感じです。
バイアル瓶にモノの溶媒を満たし、蓋をするのですが、この蓋にキリなどで小さい穴を開けます。あとはこれを放置するだけです。
使いまわせるので僕は穴あき蓋をいくつか用意しましたが、パラフィルムを被せてシリンジで穴をあけるのでも良いです。
ゆっくりゆっくり溶媒が揮発していくので、あるところで溶けきれなくなったモノが析出してきます。
この方法は仕込んだことを忘れてしまうと、乾燥しきってしまいます。そうすると、仮に単結晶ができていても使えない結晶になってしまうことがあります。
なぜかと言うと、結晶格子の中に溶媒を取り込むことで単結晶化するケースがあり、
その場合、乾燥しきってしまうと結晶の一部を担っていた溶媒が一部出て行くことで質の悪い結晶になってしまうからです。
手法②:溶媒拡散法
二つ目の手法が溶媒拡散法。
一言で言うと、少しずつ貧溶媒の割合を増やし、溶解度を落とす方法です。
こちらもまず説明用の図を。
まず、モノをバイアル瓶の中に少し入れます。そしてその上にソ〜っと貧溶媒を乗せていきます。
蓋をして、あとは放置です。
すると勝手に貧溶媒が混ざっていき、上手くいけば結晶析出します。
この方法の利点は、空気と触れないので酸素や水に弱いモノでも壊れにくいです。
僕もラジカル分子のケースでは、密封容器中では比較的長時間構造を保てるのでこの手法を採用しました。
この手法、「そもそも2層に分けて乗せるなんてできんのかよ」って思うかもしれませんが、意外といけます。
壁沿いに垂らすようにパスツールで少しずつ加えてみてください。
例えばモノが極性なら良溶媒は極性、貧溶媒は無極性ですよね。
この場合良溶媒と貧溶媒の親和性は高くなりにくいです。
僕が実際に使った例では、塩化メチレンとヘキサンとか、酢酸エチルとシクロヘキサンなどなどです。
実際に取り入れた工夫あれこれ
この二つの手法を覚えたらあとはコツ③の通り、あれこれ試しまくることです。何が効くかわかりませんから。
以下、僕が具体的にあれこれ試したことを参考までに列挙します。意味が有ったものも無かったものも、あくまで僕のケースなので、これを読んでいる皆さんのモノに対しては効くかもしれません。
モノの溶媒をメンブレンフォルターや綿を通してから仕込む
最初良溶媒にモノを溶かしますよね。この時、飽和溶液にしたいけど、溶け残りは良くない・・・。ということで、飽和溶液を一度メンブレンフィルターに通しました。
溶け残りのほか、塵なども除けるので効果有りです。
粗結晶を溶かしてもう一度仕込む
せっかくなんか析出したけど、明らかに単結晶じゃない・・・。という時、その結晶を貧溶媒で洗浄してからもう一度溶かして使いましょう。純度ほぼ100%です。
通常の精製手法と同じ考え方ですね。
容器のサイズを変えてみる
これは不思議だったのですが、バイアル瓶のサイズが違うと挙動が変わることがあります。
小さい容器にすると塊状で出てくることが多かったモノが針状になったりしました。
バブリングする
僕の場合意味はなかったですが、窒素で脱気も試しました。溶媒中の酸素有無で変わるかもと思ったからです。
重溶媒でやってみる
「重水素だと変わったりするか!?」と思って試しました。
値段が高いのであんまやると怒られそうですが・・・。(そしてこれも僕のケースでは全く意味なかったです笑)
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基本を押さえたら最後は継続と遊び心が大事
単結晶作りのための基本的なポイントはご理解頂けましたでしょうか。
ただ、モノによって当たりの条件が違うため、何かを忠実にこなしたからといって必ず単結晶が得られるというものでもありません。
最後がこんな根性論みたいな結論で残念ですが、基本を押さえたら次に大事なことはあれこれ試してとにかく継続することです。
「もうできることは全部やったよ・・・」って人もとにかく色々試しながら手を動かし続けることです。
「さあさあ、お前は一体何が正解なんだ?」ってくらい緩い気持ちで、むしろ大喜利みたいな気分で楽しんだら良いと思います。色々アイデアも湧き、いつかは念願の一粒が手に入るはず・・・!
皆さんの代わりに、皆さんの単結晶化成功をお祈りしております。
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