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どうも、生物学も工学もやっているtsuyoshiです。
近年、地球環境問題が深刻になってきています。
専門家の中には地球温暖化による地球環境変化が臨界点を迎えたという人もおり、環境問題はもはや人類共通の無視できない問題と言えるでしょう。
それに対して、日本においても、再生可能エネルギーを利用することによって2050年の実質的二酸化炭素(CO2)排出量を0にするといった目標や、脱炭素社会に向けた動きが起こっています。
しかし、再生可能エネルギーの利用も万能ではなく、使用可能なエネルギーの量が天候などによって左右されることや、発電所を設置することによる自然環境の破壊(森林破壊、水循環の阻害など)や生態系への悪影響(森林や海洋の生物の棲み処の破壊など)といったデメリットが考えられることは確かです。
今回は環境問題の解決に大きな寄与を与えることが期待されている「人工光合成」に関する記事になります!
人工光合成は、CO2を排出せずに燃料源である水素を得るための技術です。どのような技術か、さっそく見ていきましょう!!
目次
(CMです)
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太陽光のエネルギーを使って水素を得たい!
水素を燃やす!水素循環型社会とは?
早速ですが、どうすれば環境問題を解決することができるのでしょうか??
答えの1つとして、温室効果ガスであるCO2を排出しない社会というのが挙げられるます。
そのような社会として提言されているものとして、水素循環型社会が挙げられます。
水素循環型社会というのは、水などから水素を作り出し、その水素を燃やすことによってエネルギーを得ることを目指す社会です。
水素は化石燃料などのように、燃料を燃やした後にCO2を排出しないため、地球環境に優しい燃料として着目されています。
今までの水素を得る手段の問題点
従来、水素を得る手段としては、電気分解という手段がとられてきました。
電気分解とは、溶液中に電極を挿入し、その電極を通して電圧をかけることで酸化還元反応を起こす方法のことを指します。
当然ですが、電気分解には電気を用います。
では、電気分解に必要な電気はどうやって作られているのでしょうか?
その答えは、今までのように化石燃料を燃やして電気を作っています。
ここである種の矛盾があるのに気づくと思います。
それはCO2の排出量を減らすための水素を作っているのに、それに必要な電気を作るときにはCO2を排出しているじゃん!ってことです。
そして、水素を得るために必要な電気の量は膨大なものです。
つまり、この方法では根本的にCO2の排出を抑えているとは言えないということです。
太陽光のエネルギーで水素を得よう!
何とかして電気以外のエネルギーを使って水を分解して水素を得ることができないのか!?!?
できれば半永久的に使うことができるエネルギーが望ましい!
そうだ!太陽光のエネルギーがあるじゃないか!!!
これが人工光合成研究のスタートです。
ですが、まだここで光合成は登場しません。
まず試したのは、光触媒を用いて太陽光を当てるだけで水素を得ることができないのか?ということでした。
太陽光のエネルギーで水素を得るための問題点
光触媒とは、太陽光など光を照射することで反応を促進する触媒のことです。
半導体を用いて水を水素と酸素に分解し、その反応を光触媒によって促進したい! というのが太陽光エネルギーを利用した水素精製の狙いでした。
しかし、これはあまり上手くいきませんでした。
いくつか水を分解する光触媒は見つかったのですが、効率が良いとは言えませんでした。
その理由は太陽光の波長とエネルギーにありました。
太陽光の波長とエネルギー
太陽光にはさまざまな波長の光が含まれています。
その中でのそれぞれの光のスペクトル(光の強度)は以下の図のようになります。
図 太陽光のスペクトル(引用:電光石科)
AM1.5と書かれている方が地表に到達する光のスペクトルを表しているのですが、この図から分かるように、地表に届く太陽光のスペクトルのピークは500nm付近です。
このスペクトルが何で決まるかというと、光子の持つエネルギーとその数で決まります。
光子とは光の粒のことです(光の粒子性と波動性の話(不確定性の話)になります)。
そして、1つの光子が持つエネルギーは以下の式であらわされます。
$$E=hν=h\frac{c}{λ}$$ここで、Eは光のエネルギー、hはプランク定数、νは光子の振動数、cは光の速さ、λは光子の波長です。
hとcは定数で変化しない値なので、光のエネルギーEは光の波長λの値によって決まるということができます。
この式と先ほどの太陽光のスペクトルの値を組み合わせると、太陽光に含まれている波長ごとの光子数を計算することができます。
これを計算すると、実は光子数では700nm付近の波長の光がピークになるのです。
つまり、短波長の光では全体の光の強度は強いが光子の数は少なく、長波長の光では全体での強度は低いが光子の数は多いということが言えます。
半導体の性質を用いた水分解への構想
水を分解する際に用いられたものがなにかというと、半導体です。
半導体は電気を通す伝導体と電気を通さない絶縁体の性質を備えたものです。
下図のように、半導体はバンドギャップを持っており、半導体では電子に一定以上のエネルギーを与えると飛び越えられるが、絶縁体ではいくらエネルギーを与えても飛び越えられないものになっています。
この、電子がバンドギャップを飛び越えることを励起と言います。
図 半導体の原理図(引用:LED発光ダイオードの基礎知識)
この励起状態の半導体を用いて水を分解できないか?と考えました。
どういうことかというと、まず励起によって価電子帯から伝導体に励起電子が移動し、価電子帯に正孔(ホール;電子が抜けた穴のようなものです)ができます。
そして、この伝導体の励起電子が水を還元して水素を作り出し、価電子帯の正孔が水を酸化して酸素を作り出すことができるのではないのかと考えたのです。
水から水素を得るために必要なエネルギーを太陽光から得ることは難しい
さて、実際に半導体を用いて水を分解するにはどのような条件が必要になるかを考えていこうと思います。
エネルギー的に考えていくと、伝導体で水を還元するなら、励起された電子の存在する伝導体が水の還元電位より負側にあれば還元でき、また正孔の存在する価電子帯が水の酸化電位より正側なら酸化できるということになります。
これを言い換えると、次の2つの条件が半導体を用いた水の酸化還元反応には必要だということができます。
- 伝導体は水の還元電位よりポテンシャルが上
- 価電子帯は水の酸化電位よりポテンシャルが下
これらの条件を満たすためには、かなり大きなバンドギャップが必要になります。
これだけのバンドギャップを励起できるだけのエネルギーを持つ光となるとかなりの短波長の光になります。
しかし、太陽光の中での短波長の光子の数は少ないです。
そのため、太陽光の中の紫外線を用いた水分解も必要な太陽光の量からすると効率が低く、実用化するのは困難でした。
光エネルギーをうまく使いたい!
世の中に太陽光のエネルギーを使っている反応はないか!?
そうだ、光合成があるじゃないか!
お、光合成の過程で水素を生み出しているぞ?
これを人工的に再現できれば効率良く水素を得ることができるんじゃないのか?
これが人工光合成研究のスタートです。
実は長い間光合成のメカニズムすらも分かっていなかったのですが、そのメカニズムはここ20年で解明されました。
光合成をどう人工的に再現するのか?という話の前に、まずは植物の光合成のメカニズムを見ていきましょう!
植物の光合成メカニズム
植物の葉はなぜ緑なのか?
植物の葉は緑色です。
緑色というのは可視光の中では真ん中あたりの波長を持っています。
緑色に見えるということは緑色の光を反射していてそれ以外の光は吸収しているということです。
つまり、長波長の赤色の光を吸収して、何らかの形で使っているのではないのかと考えられます。
では、これらの吸収した光を植物はどのように使っているのでしょうか?
明反応と暗反応
ここからの話の混乱を避けるために、光合成における反応の話を少しだけ挟もうと思います。
光合成は明反応と暗反応に分けられます。
明反応は光のエネルギーを利用して水から酸素や水素を作り出す反応のことで、暗反応はCO2から糖などを作り出す反応のことです。
そして、今回の人工光合成で着目するのは明反応の方になります。
明反応は葉緑体の中のストロマで行われています。
明反応のメカニズム-Zスキーム-
光合成における明反応のメカニズムはどうなってるのでしょうか?
反応式で書くと、
2H2O+NADP+→2NADPH2++O2
となります。
これをステップごとに分けて書くと(簡単のために酸素と水素が出てくる部分をピックアップしてあります)、
2H2O→O2+4H++4e–
⇓
4e–を再度励起
⇓
2NADP++4H++4e–→NADPH2+
(※光合成の過程では水素はNADPH2+の形で存在します。)
というようになります。
さらに具体的にどのような反応が起こっているのか?を詳細に見ていきましょう。
次の動画は光合成のメカニズムを表したものです。(見てほしいのは4:23辺りから7:46辺りの動画です。英語ですが、電子の動きに着目して見てください。)
これを図で表したものがこちらです。
図 光合成のメカニズム(引用:産総研研究成果HP)
これは、680nmの波長の光が当たって水が酸化されたときの電子が一度励起され、さらに700nmの波長の光で励起されることで更なる反応を起こしていることを表しています。
これにより、植物は最終的に水を分解するために必要なエネルギー差を生み出しています。
そしてこの反応をエネルギー図で書くとZの形に見えるため、この反応は「Zスキーム」と呼ばれています。(なぜNじゃないのかは謎です、、)
一度で励起が足りないなら、二回やればいいじゃない!!というのが光合成で起こっていることなのです。
半導体を用いた人工光合成
植物の光合成を模倣した二段階励起
光合成で植物は、光子当たりのエネルギーが低い680nmや700nmの波長の可視光でも、励起を二段階に分けることで最終的には水から酸素と水素を得ていました。
そこで、植物のZスキームのように電子を二段階で励起すれば、長波長の弱いエネルギーの光でも最終的に水を水素と酸素分解できるのではないのか? と考えたのです。
半導体を用いてこれを実現した二段階励起のメカニズムは以下の図のようになります。
図 二段階励起のメカニズム(引用:産総研研究成果HP)
一度目の励起で励起された電子が、中間体(ここではヨウ素レドックス媒体)を介したのち、二度目の励起で励起され水素の還元を行っている様子を表しています。
この図、植物の光合成での「Zスキーム」にそっくりですよね(真似しているのだから当たり前と言えば当たり前なのですが)。
中間体は反応を進める役割を担っていて、以下のような反応が起こっています(ここでの中間体はヨウ素だとします)。
【酸素側】
還元反応:I3–+2e–→3I–
酸化反応:2H2O→O2+4H++4e–
【水素側】
還元反応:2H2O+2e–→2H2+2OH–
酸化反応:3I–→I3–+2e–
中間体が酸化還元反応を繰り返すことによって、この反応は進んでいるのです。
ちなみにもし、中間体が無ければ酸素用触媒と水素用光触媒で電子が励起されたとしても反応が進みません。
なぜなら、酸素用触媒は伝導体の還元電位が、水素用触媒は価電子帯の酸化電位が反応には不適切だからです。
このような反応の仕組みを作ることによって、あまり大きなバンドギャップのある半導体でなくても使うことができるようになりました。
つまり、必要なエネルギー量が少なくなり、かつ太陽光中で光子数が多い長波長の光を用いることができるようになったのです!
そして、現在、実用化を目指して中間体の物質を何にするのか(ヨウ素や鉄などさまざまな候補があります)や液中での反応効率を上げるための工夫などといった更なる改良を目指して研究がすすめられています。
生物学と工学の力で簡単に水素が得られる未来へ
これまで得られた研究結果は純水(=不純物を含まない水)を用いて行われたものであり、海水などの身の回りにある水を用いての人工光合成実現にはまだまだ課題が多いです。
ですが、人工光合成の研究は着実に進んでいますし、何よりエネルギー問題は取り組み続けなければいけない問題の1つです。
生物学と工学の力を融合させることで実現したこの技術を発展させていくことで、エネルギー問題解決の1手になることを期待せずにはいられませんね!
(CMです)
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コラム:水素循環型社会が実現すると?
水素循環型社会が実現するとCO2の排出が抑えられる以外にどのようなことが起こると考えられるのでしょうか?
あくまで推測の域を出ないですが、いくつかの考えられる可能性を挙げていこうと思います!
水不足の場所には救いになる?
水素循環型社会では、エネルギーを使いときに水素を燃やしてエネルギーを得ます。
水素を燃やすと得られるものは水です。
この水を飲むことができれば、砂漠や日照りが続く場所でも水を得ることができ、水不足を解消することができるかもしれません。
また、日光さえあれば発電できるので、比較的場所を選ばず発電ができるというのも強みでしょう。
水の循環の流れが変わる?
エネルギー源になる水素を海水から作るとします。
人類が必要なエネルギーを賄おうというのですから、大量の海水を使う必要があるでしょう。
すると、従来の水の循環とは異なる循環が引き起こされる可能性があります。
もし、この水の循環の変化が生態系に甚大な影響を及ぼしうるのなら、慎重な計画の上で水素循環型社会への移行を進める必要があると言えます。
これは他の再生可能エネルギーの利用にも言えることです。
人間が”不自然に”エネルギーや炭素・水素の循環を変えるわけですから、それによる歪(ひずみ)が発生し、多少の差はあれ影響を与えるはずだ、ということを念頭においておくべきでしょう。
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