人の成長は生まれか育ちか①?エピジェネティクスという生物学的観点から考える




“生まれつきの才能か、生まれてからの努力かどちらの影響が大きいのか?”

 

この “「生まれか育ちか(Nature or Narture)」論争” は、昔からさまざまな人たちが議論してきた大きな問いです。

この問いは、生物学的な言葉を使うと、「遺伝か環境、どっちが人の成長への影響が大きいのか?」という問いに言い換えることができます。

そして、結論としては、”遺伝の影響と環境の影響の両方 が影響しているのです。

 

なぜ、このように言えるのでしょうか?

今回の記事と次回の記事の2回に分けて、分子レベルの “ミクロ” な視点と人の個体レベルの “マクロ” な視点で見ていこうと思います!

 

第1回のこの記事では、この「生まれか育ちか」論争をエピジェネティクスという分子生物学的なメカニズムから考えていきます!

 

関連記事人の成長は生まれか育ちか②?双生児法による遺伝・環境要因解析

 

人の性質は「遺伝か環境か」

人をはじめとした生物は、遺伝子を持っています。

そして、その生物がどのような形質や能力を持つのかは、その遺伝子がどう発現するかによって決まります。

 

遺伝子は、全く持っていない遺伝子は発現することができないですし、持っている遺伝子でも発現するものとしないものがあるということができます。

例えば、鳥は飛ぶことができるのに人は飛ぶことができません。これは鳥は飛ぶために必要な遺伝子(翼を得るための遺伝子や飛行能力を制御する遺伝子など)を持つのに対し、人は持たないからと説明できます。

一方で、人同士でも環境によって形質が変わることが知られています。

例えば筋肉の鍛え方によって筋肉の性質が変わることがあるでしょう。これは人の置かれた環境(トレーニングの仕方)によって遺伝子の発現が異なるようになるためです。

つまり、人の性質は遺伝子によって決まっているが、環境によって発現するかどうかが変化する遺伝子もあるということができます。

 

遺伝物質は「人の設計図」

遺伝物質はDNAとヒストンによって構成される

遺伝に関わる物質として、染色体やDNAといった言葉を聞いたことがある人は多いと思います。

ここからの遺伝の話を理解しやすくするために、まずはこれらの大きさの関係を整理しておこうと思います。

図 遺伝物質の階層性(引用:An Jansen et al., Microbiol Mol Biol Rev, 2011)

 

図中の下から順に、染色体、染色体の凝集部、伸びた形の染色体、クロマチンの繊維、クロマチン、DNAを表しています。図の上に行けば行くほど、大きさが小さくなります。

 

皆さんが良く聞くようなDNAには塩基配列があり、一つの細胞核のなかのDNAには個体の全ての遺伝情報がそこに存在しています。全ての遺伝情報というのは、筋肉を作るための遺伝子もあれば脳を作るための遺伝子もあるということです。

この全ての遺伝情報の中から必要なものが選ばれて発現することによって人は形作られていくのです。

 

そして、どのようにして発現する遺伝子を選ぶ(=制御する)かということですが、それにはクロマチンの構造(図中の上から2・3番目)が関わっていると言われています。

クロマチンとはヒストンというタンパク質にDNAが巻き付いたもののことを指します。

このクロマチンの構造が変化することで、遺伝子の発現が制御されている(=ON/OFFされている)と考えられています。

 

そして、ここからは話のための適切な単位として、DNAとヒストンを遺伝物質を構成する単位として扱います

 

遺伝物質の「修飾」が遺伝子発現を制御する

「修飾」によって遺伝物質の状態が変化する

ヒストンやDNAといった遺伝物質は、修飾を受けることにより状態が変化することが知られています。

この「修飾」とは、メチル化やアセチル化などといった化学的修飾のことです。

そして、重要なのはDNAメチル化やヒストンメチル化、ヒストンアセチル化などといった修飾の変化は塩基配列の変化を伴いません

文字通り、”飾りつけ”が変わるだけなのです。

(クリスマスツリーに例えると、DNAは木で、メチル基やアセチル器はモールや電飾といった飾りつけにあたります。飾りつけを変えて見た目を変えても、木自体は変わりません。)

この塩基配列の変化を伴わない遺伝子発現の変化を制御するシステムのことやそれを研究する分野のことを、エピジェネティクスと呼びます。

 

修飾による変化が遺伝子のON/OFFスイッチする

遺伝物質が修飾を受けると、その分子レベルの構造は変化します。

この分子レベルの構造の変化が、遺伝子の発現をON/OFFしています。

例えば、ヒストンのアセチル化の場合だと、遺伝子の発現が促進されます。ヒストン同士の間に働く電気的な反力が大きくなってクロマチン構造が開きます。それによって巻き付いていたDNAが露出し、その部分のDNAが持つ遺伝子の発現が促進されます。

図 ヒストンアセチル化によるクロマチン構造変化(引用:MBLライフサイエンスホームページ

 

一方で、DNAのメチル化の場合だと、遺伝子の発現が抑制されます。メチル化されたDNA部分を読み込もうとしても、読み込む場所の構造が変化していて読み込むことができなくなるからです。

図 DNAメチル化によるクロマチン構造変化(引用:MBLライフサイエンスホームページ

 

あるいは、これらの修飾が外れることによって遺伝子のスイッチがON/OFFされることもあります。

 

遺伝物質の修飾は環境による刺激が原因

では、この遺伝物質の修飾は何によって起こっているのでしょうか?

その答えは「環境」です。

 

さて、ここで「環境」とは何を指すのでしょうか?

環境といっても、地球環境などという大きなものではなく、ここでは人個人にとっての環境を指します。

つまり、食べることや運動することをはじめ、ものを見ることや触ることなど、人が生活するうえで刺激を与える全てのものを「環境」と呼びます。

環境から刺激を受けることによって、人間は細胞レベルでそれに適応しようとします。適応において、人間はDNAの塩基を変化させ続けているわけではないのです(もしDNAの塩基配列自体が変化しまくっていたら、人間の形質は非常に不安定になっていたでしょう)。

この遺伝物質の修飾によって遺伝子のON/OFFを切り換え、環境に適応するのです。

 

環境による遺伝子修飾の研究例

どのような環境がどのような遺伝子修飾を引き起こすのかという点についての研究はまだ発展途上です。

その中でも、今までの研究によって分かりつつあるものをいくつか紹介していこうと思います!

 

幸福感と免疫細胞

まずは病気や免疫についての話を見ていきましょう。

古くから、「病は気から」とういうように病気と精神の関係が言われてきましたが、長い間その生物学的なメカニズムは分かってきませんでした。

精神と病気の相関関係を示した例として、社交的な人と孤独な人を比べると遺伝子の発現に違いがあったという研究が挙げられます(Steve W Cole et al., Genome Biology, 2007)。

この研究においては、孤独を感じる人の方が炎症に関わる転写因子に応答する遺伝子が過剰に発現していることが示されています。

また、短期的な(Hedonicな)幸福を感じている人よりも、社会貢献などの深い満足感による(Eudaenomicな)幸福を感じている人の方が炎症に関する遺伝子が抑制されているという報告もされています(Barbara L. Fredrickson et al., PNAS, 2013)。

 

このように、特定の環境における遺伝子発現の抑制・促進という現象は分かっているものの、発現制御のメカニズムはまだ分かっていないことが多いというのが現状です。

 

虐待による脳部位のメチル化

エピジェネティクスの研究において、虐待と脳の関係も多くの人が着目しています。

虐待というのが人にとって大きな環境的ストレスであることは多くの人の同意を得られることでしょう。

そして、虐待により脳の特定の領域のDNAがメチル化が起こっているという知見が得られ始めています。

例えば、虐待を受けた子どもの脳においては海馬の神経細胞がメチル化している例が報告されています(小湊ら、2015)。

※ちなみに、この研究では、被虐待児の死亡時の検体から脳の切片を作成して行っています。検体が無ければ進まない研究なのは事実ですが、亡くなった命が存在するというのは痛ましいことです。

 

他にも、不適切な養育(マルトリートメント)を受けて育った子供は、愛情の形成などといった社会性の獲得・形成に影響を及ぼすとされているオキシトシン受容体を形成する際のDNAがメチル化されているという研究報告もあります(Takashi X. Fujisawa et al., Nature, 2019)。

 

このように、虐待といった行為が脳に与えるエピジェネティクな変化は分かり始めてきています。

※皮肉なことに虐待というような明確にネガティブな行為は、幸福などのような抽象的なものよりも研究対象として扱いやすいのです。

 

これらの例のように、医学的な領域において、環境がエピジェネティクスや遺伝子の発現にどう関わっているのか?という点は明らかになってき始めています。

 

修飾が遺伝する可能性

今まで、親が経験したことは子へは遺伝しない、すなわち遺伝子の修飾は遺伝しないという説が一般的でした。

しかし、近年線虫において、恐怖行動が数世代に渡って遺伝することが示唆されました(ここで提案されているメカニズムは今回紹介したものと異なりますが)(Rebecca S. Moore et al., Cell, 2019)。

また、ショウジョウバエの研究においても、親世代の遺伝物質の変化が子世代に遺伝していることが示唆されています(Fides Zenk et al., Science, 2017)。

もちろん、このような遺伝が人でも起こっているかどうかは分かりません。

ただ、人の場合でも、第二次世界大戦の食糧不足下において出産された子供が成人後に肥満等になりやすかったことなど、親の経験が子へと遺伝していると考えられるような事例は報告されているので、何らかのメカニズムが存在する可能性は十分にあるでしょう。

※ただ、親世代の個体の環境(食事・ストレス等)の違いによって子世代が母体の中でその影響を受け形質が伝わるため母親の環境の影響を受ける、という説もあります。一方で、別の実験で父親由来の形質が遺伝していると考えられる例も報告されています。どちらの可能性も十分にあり得ますが、どちらの場合だとしてもメカニズムが解明されれば面白いでしょう。

 

まだ遺伝・環境の関係性の研究は発展途上

これまで、エピジェネティクスにおける遺伝物質の修飾のメカニズムを考え、それに基づいて遺伝と環境の影響の違いを考えてきました。

そして、先程にも述べた通りこの分野の研究は発展途上で、遺伝物質への修飾が人にどのような影響を及ぼすのかは分かっていないことが多いというのが現状です。

ですが、この分野における研究が進めば、病気の治療をはじめ、”善く生きる” ための助けになることが考えられます。

(同時に、遺伝における残酷な現実を見せつけられる可能性も多分にありますが。)

 

エピジェネティクスとは別の研究で明らかになっていることもある

さて、「勉強ができるかどうかって遺伝か環境かどっちなの?」「スポーツの才能って親からの遺伝?それとも努力?」という問いを持っている人も少なくないのでしょうか。

これまで見てきた通り、エピジェネティクスにおいてはそれらのメカニズムの存在は示唆できるものの、それらを具体的に説明することはできていないというのが現状です。

では、他の方法で勉強やスポーツにおける遺伝と環境の影響を知らべる方法はないのでしょうか?

実は「生まれか育ちか」という問いに対して、「双生児法」という別の方法を用いて遺伝と環境の影響を明らかにしようとする行動遺伝学の学問領域があります。

そこで、次回の第2回の記事ではこの「双生児法」について扱っていこうと思います!

そこでは、勉強やスポーツ、音楽などにおいて遺伝(=才能)と環境(=努力)のどちらが大事かについて触れていこうと思います。

興味のある方は以下のリンクからどうぞ!!

 

関連記事人の成長は生まれか育ちか②?双生児法による遺伝・環境要因解析

 

参考文献(オープンアクセス化されている文献のみリンクを付けています)

An Jansen. Kevin J. Verstrepen., Nucleosome Positioning in Saccharomyces cerevisiase, Microbiology and Molecular Biology Reviews, 2011

MBLライフサイエンスホームページ, 製品カテゴリー, エピジェネティクス, リンク

Steve W. Cole, Louise C. Hawkley, Jesusa M. Arevalo, Caroline Y. Sung, Robert M. Rose, John T. Cacioppo., Social regulation of gene expression in human leukocytes, Genome Biology, 2007, リンク 

Barbara L. FredricksonKaren M. GrewenKimberly A. CoffeySara B. AlgoeAnn M. FirestineJesusa M. G. ArevaloJeffrey Ma, and Steven W. Cole., A functional genomic perspective on human well-being, PNAS, 2013

小湊慶. 佐野利恵. 高橋一郎, 被虐待児の脳におけるDNAメチル化とその神経発達への影響に関する検討, 科学研究費助成事業 成果報告書, 2015, リンク

Takashi X. Fujisawa, Shota Nishitani, Shinichiro Takiguchi, Koji Shimoda, Alicia K. Smith, Akemi Tomoda., Oxytocin receptor DNA methylation and alterations of brain volumes in maltreated children, Nature, 2019, リンク

福井大学プレスリリース, マルトリートメント児の愛着不安にはオキシトシン受容体のDNAスイッチが関与している, 2019, リンク

Rebecca S. Moore. Rachel Kaletsky. Coleen T. Murphy., Piwi/PRG-1 Argonaute and TGF-β Mediate Transgenerational Learned Pathogenic Avoidance, Cell, 2019, リンク

Fides Zenk et al., Germ line–inherited H3K27me3 restricts enhancer function during maternal-to-zygotic transition, Science, 2017, リンク

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