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“「生まれか育ちか(Nature or Narture)」論争” を扱った、第2回の記事です。
前回のエピジェネティクスの記事に続き、今回は双生児の違いを調べることによって統計的に遺伝と環境が人に与える影響を考える、「双生児法」についての記事になります。
前回のような分子レベルの話ではなく、人の行動のようなもう少し大きな視点で遺伝と環境を捉えるとどうなるのでしょうか?
記事の後半では、勉強やスポーツ、音楽などにおける遺伝と環境の関係についても考えていこうと思います。
それでは、「双生児法」とはどのようなものか見ていきましょう!
関連記事:環境が人を変えるエピジェネティクスというメカニズム【人の成長は生まれか育ちか?①】
目次
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双生児の違いを調べる「双生児法」
双生児法を用いた研究は、一卵性双生児の方々と二卵性双生児の方々を比較することによる、心理学や行動遺伝学でよく行われています。
双生児の方々の性格や能力といった形質を判定し、それがどのくらい一致しているか(あるいは一致していないか)によって遺伝と環境の割合を判断します。(詳しい判別の仕方については後述します。)
双生児法を用いると、理論的にはある測定した形質が遺伝によるものなのか環境によるものなのかを判断できるのです。
なぜ双生児法が成り立つのか?
一卵性双生児は同じ遺伝配列を持つ
そもそも、なぜ双生児による研究で遺伝と環境の影響を調べることができるのでしょうか?
その答えは、「一卵性双生児は同じ遺伝配列を持つから」です。
一卵性双生児は一つの卵子と一つの精子が受精することで受精卵となった後に分裂することで2人の人間になります。元の受精卵が同じなので、もともと持つ遺伝子は同じなわけです。
つまり、同じ受精卵から生まれたがために全く同じ遺伝配列を持つのが一卵性双生児なのです。
二卵性双生児は半分の遺伝配列が一致していると考える
一方、二卵性双生児の場合はどうでしょうか?
通常の新生児は、一つの卵子と一つの精子が受精することで受精卵となり、分裂を繰り返すことで産まれます。二卵性双生児の場合も同じように、一つの卵子と一つの精子というペアがあり、そのペアが二つあることで双子として産まれます。
卵子と精子は、親から由来する遺伝子をそれぞれ親の半分ずつ持っており、通常の新生児や二卵性双生児は親の半分の遺伝子を持っていることになります。
このとき、それぞれの遺伝子は50%の確率で遺伝するため、全体としても半分の遺伝子が一致していると考えることができます(もちろん、個人ベースでは誤差が生じますが、統計的に考えるためにこのような仮定を置きます)。
遺伝要因と環境要因を解析する
遺伝・共有環境・非共有環境の区別
双生児法における遺伝要因と環境要因の代表的な解析方法を紹介する前に、双生児法の解析で用いることになる区分について触れておこうと思います。
双生児法を扱う行動遺伝学においては、何らかの測定した能力値(学力、パーソナリティetc)において、その影響が遺伝によるもの(遺伝要因)と環境によるもの(環境要因)に区分します。
そして、環境はさらに “共有環境” と “非共有環境” に区分されます。
共有環境とは双子が共有していると考えられる環境(家庭環境など)のことを指し、双子を似させようとする環境のことです。
一方で、非共有環境とは、双子が共有していない環境(友達付き合い、会話など)のことを指し、双子を似させないようにしようとする環境のことです。
ある測定した能力値における、遺伝・共有環境・非共有環境の割合を考えるのが双生児法です。
遺伝要因と環境要因の区別の仕方
例えば、Xという能力値を定義して測定が可能であるとします。
そして、一卵性双生児のAさんとBさんで測定したXの能力値の相関係数が0.63だったとします。
相関係数とはXの能力値がどのくらい一致しているかという指標(1で完全一致、0で完全不一致)ですから、双生児が似ないようにする影響、すなわち非共有環境による寄与は1からXの能力値の相関係数を引くことで求められます。
つまり、非共有環境による寄与の割合は
1-0.63=0.37
だと言えるわけです。
次に、共有環境と遺伝環境による寄与を考えていきます。
遺伝環境による寄与の割合をx、共有環境による寄与の割合をyとすると、一卵性双生児の遺伝子は一致しているのですから、
x+y=0.63
と表すことができます。
ここで、二卵性双生児のCさんとDさんで測定したXの能力値の相関係数が0.47だったとします。
二卵性双生児の遺伝による寄与の割合は、先ほど述べた通り一卵性双生児の半分ですので、
0.50x+y=0.47
と表すことができます。
この連立方程式を解くと、
x(遺伝要因)=0.32、y(共有環境要因)=0.31
となり、遺伝環境による寄与の割合が0.32、共有環境による寄与の割合が0.31ということができます。
これが、双生児法における遺伝要因と環境要因の区別の仕方です。
双生児法で明らかになった遺伝と環境の違い
先ほどの方法を用いて遺伝要因・共有環境要因・非共有環境要因の割合をまとめたものが次の図です。
図 遺伝・環境の寄与の割合(引用:安藤寿康, 日本生理人類学会誌, 2017)
この図を見て、中には驚きを隠せないという人もいるでしょう。
なにせ、これらの測定された形質においての遺伝の寄与の割合が0.50を超えるものが少なくありません。
それぞれの項目について、詳しく見ていきましょう。
学力の半分は遺伝の影響
学力の項目を見てみると、遺伝の影響が半分近くあります。また、共有環境による影響も小さくないことも見て取れます。
子どもにとって学力を左右する共有環境は、主に学校です。
子どもの学力に学校や先生が大きく関わっていることがここから分かります。
一方で、一般知能(IQ)を見てみると成長すればするほど遺伝の影響が大きくなっていることが分かります。
一般知能も一種の測定された知能ですが、成長すれば知能(いわゆる “頭のよさ”)への遺伝の影響が大きくなるというのは驚きの結果と言えると思います。
パーソナリティは遺伝が半分、個人の環境が半分
パーソナリティに分類されている指標を見てみても、遺伝の影響が半分ほどあります。経験的に「性格が親に似ている」ことが多いというのは知られていますが、その根拠となりうる結果です。
さらに注目すべきは、パーソナリティの残りは非共有環境の影響を受けて形成されているということです。
すなわち、個人的な友達付き合いや経験がパーソナリティの形成には重要だということが言えます。
才能は種類によって遺伝の影響が大きく異なる
スポーツや芸術などの、いわゆる才能に与える遺伝の影響は大きく異なります。
例えば、スポーツや音楽などは遺伝の影響の割合が8割近くあります。
これは、人によっては残酷な事実と言えるかもしれません。遺伝的に向いていなければ、努力をしても越えられない壁の存在が示唆されているからです。
一方で、チェスや美術、記憶や知識は遺伝の影響が6割近くになっています。すなわち、これらの才能は環境の影響で変化させることが可能だということです。
特に記憶や知識の4割近くが環境の影響だというのは希望があると思います。遺伝の影響があったとしても、ある程度は努力次第で記憶力や知識を高めることができそうだからです。
自尊感情や一般的信頼は個人的な環境の影響が大きい
自己肯定や信頼は近年よく大事だと言われていますが、これらの形質には何の影響が大きいのでしょうか?
図を見てみると、これらの形質における遺伝の割合は3割近くしかなく、非共有環境が大きく関わっていることが分かります。
つまり、自己肯定感の高低や信頼は、環境の影響を大きく受けているということです。
これを朗報と感じる人は少なくないと思います。自己肯定感が低い人でも、環境を変えて環境から与えられる影響を変化させることで自己肯定感を変化させることができるということですから。
いろいろな項目に分けて遺伝の影響を考えてきましたが、遺伝の影響が0だというケースはありませんでした。
つまり私たちは誰しもが遺伝の影響を一定受けていると言えます。
※「遺伝の寄与の割合が高い」ということは「親に似ているはず」ということは同値ではありません。遺伝の世界は複雑で、遺伝子は組み合わせによって発現のON/OFFが変わる場合もあります。そのため、親と子供の遺伝子の発現が変わることは十分にありえます。あくまで、受けついでいる遺伝子が何らかの形で寄与している割合ということです(もちろん、親に似る可能性もあります)。
双生児法の限界
どのような環境がどのような影響を及ぼすかが分からない
遺伝と環境の割合を統計的に解析するという点において、双生児法による研究は多大な貢献を果たしています。
しかし、この双生児法にも限界があります。
いくつか理由は考えられるのですが、一番大きな理由としては、環境を完全にコントロールすることが実質不可能であることが挙げられるでしょう。
つまり、双生児を選んで、2人を全く同じ環境で(食事はもちろん、運動の内容や付き合う友達、会話などといった環境を同じにして)育てることは不可能だということです。
付き合う友人はもちろん違いますし、会話や勉強の仕方などを完全にコントロールすることは不可能でしょう。もし、そのような状態に近づけようとしても、倫理的な問題が浮上することは明らかです。
このため、どのような環境がどのような影響を及ぼすのかという点を双生児法による研究で明らかにするには限界があると言えるでしょう。
双生児法で言う「環境」による違いは、エピジェネティクスの観点から見ると遺伝子の修飾によるものであると推測することができます。
それを調べることで、その過程の環境がどのような影響を与えたのかを考えることができるのではないかということです。
この点については、エピジェネティクス的な観点からの研究の方に期待すべきだと個人的には思います。
関連記事:人の成長は生まれか育ちか①?エピジェネティクスという生物学的観点から考える
遺伝と環境は不可分だからこそ面白い
「生まれか育ちか」という問題をテーマに、遺伝と環境について2回の記事を通して考えてきました。
依然として結論がでないことは多いのですが、だからこそ学問として追及する楽しさがあるのではないでしょうか?
「人の成長」を突き詰めることは「人」である自分を知るため手掛かりになると思います。
是非一度、考えてみてください。
関連記事:環境が人を変えるエピジェネティクスというメカニズム【人の成長は生まれか育ちか?①】
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①「有機化合物の分離/精製 基礎から上級テクニックまで @ 異分野融合Bar」
②「有機化学Bar 〜有機分子の構造決定をしてみよう!〜」
コラム:「知能」とは何か
この記事中では、実はあえて「知能」という言葉を使っていません。
なぜなら、「知能」という言葉が適切でないと思ったからです。
そもそも知能とは、「ある作られた基準によって評価された値」です。
この点を誤解して欲しくなかったがために、記事中では「測定された形質」などという少し回りくどい言い回しを取っています。
参考文献・書籍(オープンアクセス化されている文献のみリンクを付けています)
安藤寿康, 行動の遺伝学-ふたご研究のエビデンスから, 日本生理人類学会誌, 2017, リンク
安藤寿康, 進化教育学とは何か-教育への生物学的アプローチ-, 哲学, 2016, リンク
日本人の9割が知らない遺伝の真実, 安藤寿康著, 2016
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